ミクロネシア ヤップ島

ストーンマネー(ライ)の画像

                 ストーンマネー「ライ」

 ヤップ島のストーンマネーRai、小さいもので直径50cm,大きいものだ

と2m以上もある石のお金である。昔、数百キロ離れたパラオで切り出し

た石をカヌーに吊るして運んだ。結納や土地の取引、部族の揉め事などに

使われる。持ち主がかわっても動かすことはない。
 

                 サウェイ交易

 ヤップ州の西のはずれにヤップ本島がある。ここから東に千数百Kmに渡ってヤップ州の離島が並んでいる。離島はほと

んどが小さな珊瑚礁の島である。土地はやせていてわずかな作物しかとれない。遠い昔より離島の暮らしはヤップ本島のガ

チパー(Gachpar)村、ワンヤン(Wanyaan)村、リケン(Riken)村との交易によって成り立ってきた。

 離島の人たちはカヌーで船団を組み、やってきて魚やヤシの繊維で作ったロープやラバラバ(パンダナスの葉で編んだ腰巻

き)等の土産を持って、村のチーフに挨拶をし、かわりにタロイモやブタ等、必要な生活物資の援助願いをしてきた。ヤップ

にははっきりとしたカースト(階級制度)が残っている。ガチパー村やワンヤン村は最高位のカーストである。離島は低いカ

ーストかと思ったら「ヤップ人」が言うには ”カーストではなく子供”だそうである。

 しかし離島民がヤップに来た時はヤッピー(ヤップ人)と同じようなバスケットを使ってはいけないとか、タロイモ畑に近

づいてはいけないとか、赤いふんどし(thuwz)は付けてはいけない等色々なタブーがあるようだ。(ヤップ人は赤い

thuwzを着用する。)今回私はヤップ島ではガチパー村のBigmanの家に、離島(ユリシー環礁ファラロップ島)ではチーフ

の家にホームステイさせてもらった、離島の暮らしは本当に貧しい、ファラロップ島ではわずかなタロイモ畑を見かけただ

け、多くがグアムやサイパンに出稼ぎに出ている。


               ミクロネシアの航海カヌー

カヌーの画像

 ミクロネシアのヤップ州には「星の航海術」(star navigation)という航海技術が

今も残っている。この技術は遠くポリネシアのハワイにも伝わっていた。水平線上に

上りくる星や波のうねりで進むべき方向を見定めるというものだ。

 1975年の沖縄海洋博の時には、ヤップ州のサタワル島からこの方法で沖縄までの

航海に成功している。ハワイではシングルアウトリガー(カヌーのローリングを防ぐための浮力体)からダブルカヌー「カ

タマラン」へと変わったが(ホクレア号等)地図もコンパスもない時代に数千Kmの航海を可能にする人類の知恵が、現代

まで引き継がれてきたのである。

 ミクロネシアのカヌーは風向きによってマストの固定位置を船首から船尾に移動することができる。こうすることによっ

てアウトリガー(浮力体)は常に風をはらんだ帆の逆側にあり、アウトリガーが水中に沈むことを退け、波の抵抗を最小限に

抑えることができる。

                 カヌーの目

カヌーの目の画像

 アウトリガーを渡すデッキの部分は生活空間になる、ここで煮炊きもする。保存食

も航海技術とともに発達した。

 カヌーの船首、船尾の先は二俣に分かれたV字型になっている。独自の航海術で

カヌーの一定の位置からこのV字型の部分を照準にして次々に水平線上移り行く星を

見定め船の進む方向を決める。彼等はこの部分をカヌーの目と呼んでいる。